2006年09月04日

「理科は面白い」ことを伝えられないのは

今日のニュースでこういうのがあった。
MSN毎日インタラクティブ
理科離れについて長らく取り沙汰されているが、私自身は、子どもが理科離れするのも当たり前だと思っている。
なぜなら、教えている小学校教員の多くが、「理科はつまらない」「理科はよくわからない」「理科は苦手」だと思っているから。
……とそう思っていたのだが、実際そうらしい。この記事の中にこう書いてある。
 小学校の教員は文系、理系を問わず各教科を教えるため、理科が得意でない教員もおり、現場では英語の外国人指導助手に準じた「助手」の導入を望む声もあった。

小学校教諭の免許は、通常、必須単位取得の面などで、教育学部の小学校教諭養成課程など、それ専門の学校にいかないと取得困難である。高校教諭などならば、理学部や農学部、工学部(もちろん文系学部も)など、その他の学部に進んだのち、教職の必須単位を取得して免許をとることも可能だが、小学校はなかなかそうはできない。
したがって、だいたい、高校卒業時に「小学校の先生になりたい」と思う人がそちらに進むことになるが、このように思う人の中に、いわゆる理系が何割いるかと思うと、かなり悲観的になる。実際、自分が高校の時に、理系クラスにいた中で、教育学部に進学した子はいなかったと記憶する。「理系に進もう」と考える子にとって、教育学部というのは、かなり遠い存在なのである。相当、そのつもりで「私は理科や数学の楽しさを小さい子どもたちに教えたい!」と思わない限り、そういう選択肢が頭に出てこないのである。
そして、高校卒業時点で、そこまではっきりと自分の将来を描く子は、大変少ない。漠然と「小学校の先生になりたいなぁ」と思う子はいるが、そういう子はたいてい文系を選択していて、自分でも文系が得意だと思っているのである。

小学校教諭に求められているものが多すぎると思う。
教科を教えることも大事だが、子どもたちの人生最初の義務教育として、生活するうえで大事なこと、一般的な常識やルール・モラルとされること、集団生活に慣れること、その他もろもろを教えることも重要である。
が、その全てをやろうとすれば、1人の担任だけではどう考えてもオーバーワークだと思うのだ。そこに加えて、教科を教え、自分の苦手な教科も教えなくちゃならないとなったら、それは十分にその教科の良さ、楽しさを教えることができるわけがない。苦手なことをやろうとしたら、それだけ労力もストレスもかかる。自分に余裕がなければ難しい。

だから、このニュースのように、別に理科をサポートしてくれる人、理科が好きで理科を十分に(少なくとも小学生レベルでは)理解している人を登用するのはよいことだとは思う。
だが、個人的には、助手レベルの話ではなく、小学校も中学以上と同じように、教科担当を分けるべきだと思っている。完璧に分けないにしても、算数・理科とその他の教科くらいは分けるべきじゃないのか。できれば体育、図工あたりも分けてほしい。1年生から分けろとは言わないが、3年生くらいからは分けたほうがいい。
どうせ英語を導入したら、英語を教えられない先生がいる。今現役の先生で英語教育について教職の必須課程で習った人は皆無で、つまり子どもの英語教育についてはどう考えても素人、そこらの親と同レベル、ネイティブじゃないから英会話教室の素人外国人よりもレベルが低いのに、「先生として」教えねばならない。そんな気の毒な話があるか。
この機会に全部分けてしまえばいいのに、と思うが、そういう人はあまりいないのだろうか。
posted by あずみ at 11:41| Comment(6) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
先生の苦手な教科にサポート(教師)を付けること、大賛成です。<br>指導方法の杜撰さ、未熟さで特定教科を嫌いになることは、子どもにとっても先生方にとっても不幸なことじゃないでしょうか。
Posted by やこ at 2006年09月04日 15:59
サポートつけてもだめ。結局、サポートは、お遊び指南役になるからねぇ。やっぱり小学校も教科担任制だろう。そのうえ、小学校に限らず、学校はなんでも抱え込みすぎ。交通安全とか、部活動は、本来学校の仕事じゃない。さらに、この国は、理科+社会で生活科なんて、正常な感覚を持っていればぜったいできない混合教科を作って平気な国です。離れて当たり前。<br><br>(個人的には、学研の科学が復権すれば、かなりいいところまで行くと思うが)
Posted by 井村 瑶茉 at 2006年09月04日 22:43
>やこさん<br>全くおっしゃる通りに思います。先生たちだって、昔から嫌いだったり苦手だったりする教科を他人に教えるなんて、本当ならしたくないですよね。自信だって持てないでしょうし。
Posted by azumy at 2006年09月05日 15:13
>井村 瑶茉さん<br>サポート制にした場合の心配な点は、サポート者に先生側が丸投げできないことです。教科の一部、一単元は任せることができるかもしれないけど、学習の評価や学科全体の総合的なまとめは、結局先生側がやらなくてはならない。そのこと自体が、その教科が苦手な先生にとってはもっとも難しいんじゃないかと思うのです。<br>塾が流行るのも当たり前で、現状では小学校があまりに広く浅くやりすぎているために、きちんと理解しようとすると塾などのように学習を専門でやらせる場でないとうまく教えられていない、ということなんじゃないでしょうかね。
Posted by azumy at 2006年09月05日 15:17
自分もよく考えていました。「なぜ小学校の先生は一人でたくさんの教科を教えなければならないのか」と。結局、複数の教科を教えるのに内容を削ってしまうより、教師の数を増やすと同時に教科担任制の導入を考えた方がいいと思いました。やはり歳を重ねるにつれて、生徒も学ぶ量と質(学習内容と専門性)も増える。それに比べると小学校で学ぶ量と質は中学などと必ずしも等しい、とは言いきれない。浅く・狭いのが小学校の授業だけれど教師にかかる負担には共感するものがあります。
Posted by たに at 2006年09月21日 17:17
>たにさん<br>コメントをどうもありがとうございます。一人の教師がすべての教科を教えなくてはならない体制は、つまり「小学校程度の内容なら誰でも教えられるよね」ということであって、本来教育のプロである教師のプロたる部分を軽視した状況だと思うのです。<br>浅く狭く教えるのは、実はけっこう難しいことで、その上位の知識をちゃんと持っていないと、うまく教えられません。例えば、数学でxを使った方程式を使えばすぐに解ける問題を、小学校ではそれを使わないで教えなくてはなりません。そのためにはx方程式の概念をxを使わないで基礎的な言葉で説明するという高度な能力が必要です。<br>小学校レベルにおいても先生の側には専門性はやはり必要だと思うのは、そのあたりもありますね。
Posted by azumy at 2006年09月22日 10:55
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