がんばれ!図工の時間!!フォーラム
「がんばれ!図工の時間!!フォーラム」は、「図工の時間」の応援団です。
私たち「がんばれ!図工の時間!!フォーラム」は、子どもたちが期待している図画工作(※1)が、保護者=社会から期待されていない(※2)という事実に、強い危機感を抱いています。
(上記ページより引用)
申し訳ないが、自分も「学校の図工」には期待していない一人。
確かに図工自体は子どもにとって楽しいものだし、手先や道具を使うことや、絵を描くためにいろいろと観察することは、子どもの発達にとって有意義なことだ。また、多人数で大作を作ったり、個人では通常もっていないような道具を使うなど、自宅ではできないが学校ならばできることもいろいろとある。
しかし、それに評点をつける現行の「学校の図工」は必要だとは思わない。
図工は、学校で学んで上手くなるものではなく、個人の生まれつきの資質が大きく関わる。特に小学生のような幼少時にはその傾向が強い。
図工に限らず音楽などもそうだが、一般の教科と違い、頑張れば点数がよくなるというものではなく、率直に言っていくら頑張っても下手な者は下手。努力しても、もともと資質に恵まれた者を超えることは極めて難しい。
加えて、その評点をつける教師は、必ずしも美術的センスが優れているとは限らない。そういう視点で教員が採用されているわけではないからだ。見る目のある人から見れば有望な資質をもっている子によい評価をしない可能性もありうるわけだ。
中学以降のように美術は美術専門の教師がみるのであればともかく、小学校では担任が図工もみることが大多数だろう。
親が図工に期待していないのは、子どもの能力を正当に評価されないんじゃないかという恐れから、という面もあると思う。
個人的な考えだが、小学校の図工や音楽は評点をつけないでやったほうがいいんじゃないだろうかと思う。
現状、小学校の通知表は絶対評価になっているそうだが、本人の努力や習熟度の反映されにくいこれらの科目は、むしろ相対評価よりも絶対評価のほうが評価しにくいはずだ。
評点をつけることなど考えず、児童たちが下手でも無茶苦茶でもいいから自由に発想して自由にものを作り、絵を描けるようにしたほうが、より「学校の図工」の意義が上がると思うのだ。
評価が必要ないというわけではない。通知表ではない、別の形で優れた子には評価を与えればよいと思う。
実のところ、自分は図工の苦手な子どもだった。当時相対評価だった通知表ではいつも評点が低く、毎学期「これさえなければなあ……」と思っていた。
図工の工作は好きだったが、絵を描くのは好きになれなかった。なぜなら、絶対自分の思うように描けなかったからだ。上手な絵を見て、あのように描きたいと思っても、どう描いたらそのようにできるのか、全く分からなかった。正直、今でも分からない。
だが、絵を描くことが全て嫌いだったかというと、そうではなかった。その年齢の女子がいかにも書きそうな女の子の線画などは好きでよく描いていた。もちろん下手だったのだけれど、下手でもよかった。下手でも構わなかった、誰かに「下手だね」と言われなくてすむから好きだったともいえる。
「学校の図工」の目的が、内容の理解や習熟自体が重要である主要教科とは異なり、上手く描くことではなく、得手不得手と関わりなくものを作ったり絵を描いたりすることの楽しみを伝え、さまざまな道具や画材や手法と接することなのであれば、評点はいらないと思うのだが、どうだろうか。
目の前の上手下手をみるだけなのではなく、長い目で見た将来のものづくりの基礎になる「学校の図工」であれば、期待できると感じるのだが。



項目については、申し訳ないがうろ覚えで正確ではない。
確かに中学校ならば美術専門の教師が評価するのである程度信憑性があると思うが、小学校では難しいと思う。
私は「興味・意欲」と「創造性」に加えて「手先の器用さ」を加えて欲しいなと思っている。
得手不得手はあれど、「興味・意欲」は何とかなる。あとは、
「手先が器用でもステレオタイプの作品を作る子」
「手先は不器用でも自分独自の発想で作る子」
「手先が器用で独自の発想で作る子」
「手先が不器用で、発想もステレオタイプの子」
の、どのゾーンに自分の子が当てはまるのかが伝われば十分だと思う。どこにいてもそれはタイプである、と思えば苦手な子もその親も少しは気が楽だ。
つまり、評価というより所見。
くらいが小学校の図工では良いのかもしれない。
教師にとっても、所見の方が気が楽だと思う。だって、それはその先生の所見に過ぎないから。
何にもなし、では、他教科は苦手でも図画工作が得意な子にとって(結構いる)ちょっと張り合いがないかな、と。
先生に認められる教科があるというのは嬉しいことだと思う、という、その程度の見識でものを言っているのだが。
現在の小学校の評価法について説明をありがとうございます。ここ数年の小学校でのことについてはなかなか当事者に聞く機会がないので、貴重なお話でした。
私は評点は必要ないと思うけれど、評価はもちろん必要だと思っています。ゆーかさんのコメントの最後の段落で述べられているように、図工が特に得意な子にとっては、自分の得意分野だけ評価されないのは納得できないでしょう。
ただ、特に図工や音楽などは、ペーパーテストのように客観的な点数が出ないので、評価はすべて担当教師の主観というとこになります。(体育は徒競走の速さや体力テストなどで客観的点数をつけることができます。)そういう意味では、点数をつけるのではなく、ゆーさかんのおっしゃるような所見という形で評価をつけるのが妥当ではないか、と私も思います。
ただ、通知表にひとつひとつ文章で所見を書かなければならないのは、先生にとっては負担が増えるかもしれませんね。
おっしゃるように、所見のほうが気が楽だという考え方もあるし、どちらが楽とか大変とかは一概に言えないとは思いますけれども。
美術教育について大変考えさせられるエントリで興味深く拝読させていただきました。
そこから自分が考えた事をエントリにまとめてこちらにTBさせて頂いたのですが…
タイトルを入れるのをうっかり忘れておりまして、↓にタイトルなしのTBが飛んでしまいました。
申し訳ありません。
正しくは
美術教育に足りないもの
http://wacok.org/2006/12/post_938.html
です。
お手数ですが、お手すきの時にでもTBを削除していただくか、タイトルを編集していただくかしていただけるとありがたいです。
本当に済みません…
ようこそおいでくださいました。トラックバックをいただき、ありがとうございました。
トラックバックいただいた記事、読みごたえがありました。コメントは該当記事のほうにさせていただきました。
そちらのコメントにも書きましたが、seesaaブログではいただいたトラックバックの編集はできないようですので、お手数ですが、再度タイトルの入ったトラックバックをいただければ幸いです。新たなトラックバックが届きましたら前のほうを削除させていただきます。
申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。
絵の具塗るときの水のコントロールをまったく教えられてないんじゃないかという気がしました。小学生の愚息の角絵も右におなじです。
先生のキャラクターかも知れませんが、小学校の1,2年の時、水分の加減をずい分指導されました。
絵の具も、工作も、そういう基本的なスキルは是非教えて欲しいです。
ま、評価は別物だとは思いますが。
そこが難しいところだと思うんです。
小学校教師の場合、担任がほとんどすべての教科を教えることになるため、明らかに絵を描くのが苦手な人が絵を教えなければならない場合がでてきます。そういう人には、画材の使い方や手順の考え方を教えることはできても、水の量や絵の具の塗り方など、センスを要求される内容を教えることは困難でしょう。
工作は、そういう意味では、絵画よりも機械的・物理的に教えられる部分が多いので、絵画を教えるほどの困難はないかもしれません。
理想的なのは、トラックバックをいただいたwacokさんの記事にもあるように、美術の素養のある人を非常勤講師としてでいいので招聘して教えてもらう方法ではないかと思うのですが、制度やら費用やらの関係でなかなか難しいんでしょうね。
音楽の場合は小学校でも音楽専任教師がいることが多いのに(楽器演奏スキルが必要だからなんでしょうが)、そういう意味では図工はちょっとなめられている感もないではありません。
また,「図工の時間」実行委員さんたちはお求めです。もし,機会がありましたら図工の時間フォーラムにご参加下さい。
なお,このエントリー個人的に考えるべき内容でもあります。後々私のブログで紹介させていただきたいのです。
はじめまして。おいでいただきありがとうございます。
早速hakusukeさんのブログを拝見させていただきました。実地でどのように「がんばれ! 図工の時間」フォーラムの活動がされているか知ることができ、大変参考になりました。
私の住んでいる地域の近くでは残念ながら当面フォーラムの開催予定はないようですが、また開催状況の情報などもオンラインなどで探して読んでみたいと思います。
もしこの記事をご紹介いただいたら、トラックバックいただけると嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします。
また,この記事に関してエントリー許可いただけること嬉しく思います。記事記したならば,TBさせていただきたいです。
図工の時間にはじまり,冬季休暇,辛うじて仕事に気合いが少し入ってきました。あらら,明日から3日連休。。。
今回TBした記事は,教師側の意見ではなく,私的な図工の評価に関して記してみました。ブログにも記したとおり,近々教師側の意見としても記したいと考えております。もし可能であれば,私のブログにもコメントしていただけると,リンクされている図工指導されている先生方も勉強されると思われます。
トラックバックをありがとうございました。早速記事を読ませていただきました。
記事のコメントはそちらに直接書き込みましたが、うまく書き込めていなかったらまたのちほどあらためてコメントを書かせていただきます。
(書き込んだはずなんだけど、反映が遅いのか、表示されません。サーバの軽い時間にまた確認します)
評価に関して長々ーいエントリーになっておりますが,決してまとまっているとはいえません。また,指導者としての考えと記したものの,学校との考えを切り離そうにも私はあまり変わらないことを認識しました。これに気づいたことは嬉しいことです。ありがとうございます。
エントリー最後にも記しておりますが,あずみさんと同意見です。通信票に関しては,学校裁量で評価をいれる・いれないでしょうから,評価をいれなくてよいはずです。しかし,図工・音楽だけ評価がないとなると,非常に保護者の方も混乱するだろう・・・といったことから,多くの公立学校では評価項目があると思われます。私が住んでいる県では通信票がない学校もあります。それはそれで,あれこれ問題になっております。