2007年01月30日

夫婦別姓法制化に関する調査結果に思う

夫婦別姓法制化に関する調査の結果が出ている。

夫婦別姓制度:容認派減り、反対派増える 内閣府世論調査−今日の話題:MSN毎日インタラクティブ
asahi.com:選択的夫婦別姓、賛否は拮抗 内閣府調査�-�暮らし
夫婦別姓、法改正反対派増え賛否が拮抗…内閣府調査 : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

この調査報告の全文については、内閣府ホームページ「家族の法制に関する世論調査」で読むことができる。

報道によれば、夫婦別姓を法的に認めるかについて、5年前の結果と比較すると、認める方向への法改正に賛成の割合が減り、反対の割合が増え、ほぼ同率で拮抗する結果となった、ということだ。
これの詳しい内容について、ホームページで公表されている結果では、以下のようになっている。(前の数字が平成13年調査、後の数字が今回の平成18年調査)

 ・婚姻をする以上,夫婦は必ず同じ名字(姓)を名乗るべきであり,現在の法律を改める必要はない  29.9%→35.0%
 ・夫婦が婚姻前の名字(姓)を名乗ることを希望している場合には,夫婦がそれぞれ婚姻前の名字(姓)を名乗ることができるように法律を改めてもかまわない 42.1%→36.6%
 ・夫婦が婚姻前の名字(姓)を名乗ることを希望していても,夫婦は必ず同じ名字(姓)を名乗るべきだが,婚姻によって名字(姓)を改めた人が婚姻前の名字(姓)を通称としてどこでも使えるように法律を改めることについては,かまわない  23.5%→25.1%

夫婦別姓が法的に認められた場合、夫婦別姓としたい人にとっては朗報である。しかし、別に夫婦別姓にするつもりがなかったり、あるいは結婚自体するつもりがない人にとっては、率直に言ってどうでもいい話である。それによって大きな不利益を被ることもない。事務が多少煩雑になる可能性はあるが、それも多少の話にすぎない。しゃかりきになって反対するほどの理由ではなかろう。
しかし、実際には、かなりの割合、約3分の1が反対の立場、夫婦は同姓を名乗るべきだ、という考えである。
また、通称で別姓を使えることはいいが、戸籍上では同姓であるべきだ、という考えの人も4分の1だ。
仕事などの現場で夫婦が別姓でも構わない人は半分以上いるが、一方では、戸籍上では夫婦は同姓であるべきだ、という人もまた半分以上なのである。
すなわち、半数以上が、「自分とはなんの関係もない人物であっても、世の中に戸籍から夫婦別姓を名乗る奴がいるのは看過できない」という意見だということである。

さて、このように「戸籍上の夫婦が別姓であることは認められない」という人は多いが、その理由はなんなのだろうか。
それについては、上記内閣府ホームページの調査結果にいくつか興味深い項目がある。
この調査では、他に、以下のような項目も調査されている。

 1)家族内で別姓があると家族の絆に悪い影響をすると思うか
 2)姓の異なる配偶者の親たちとの関係に悪い影響があると思うか
 3)夫婦別姓の場合、子に悪い影響があると思うか

このうち、最初の2項目、1)と2)については、「影響がないと思う」と答えた人が十分に多数。1)は56.0%、2)は77.2%。
対して、3)については、66.2%が「影響があると思う」と答えている。
しかし、一方では、「子どもに影響はないと思う」という人の割合は、過去調査と比較すると、どんどん上昇している。
家族内の絆にはそう影響がないと思う一方、子どもへの悪影響はある、と考えている。とすると、この子どもへの悪影響とは、家族内ではなく外部からの悪影響ということであろう。法的な不利益などはないわけだから、体裁の悪さやいじめの対象になり得ること、受験や就職への影響などを想定しているのだろうか。どうもぴんとこない。
分かることは、特別はっきりした根拠はないが、なにか夫婦別姓に対してバッシングに類する社会的圧力が存在するんじゃないだろうか、という、漠然とした不安が広く存在する、ということだけである。

私自身は、自分は別姓を選択したいとは全く思わなかったし、既に結婚しているので今から当事者になることはまずないだろう(ないことを願いたい)が、夫婦別姓にしたい、と願う人の望みを実現することについては賛成である。
一方、夫婦別姓に対して反対の人も多数いることも理解できないわけではない。実際に、夫婦別姓を認める、すなわち家族内で姓の違う人物が存在する、ということに対して、抵抗感がある人もいるだろうことは分かる。この平成の世ににおいても、いまだ家、家系、血筋や家柄という価値観から免れ得ない人も存在しないわけではないし、こういう考えを変えさせることはまず不可能だ。非常に深い、人格の根源的な部分に根ざすからである。
しかし、一番分からないのは、特に夫婦別姓を否定する根拠をもたないのに、なんとなく夫婦別姓の法制化、つまり他人が夫婦別姓を選択することを忌避する人が存在するらしい、ということなのである。

そこには「夫婦別姓はなにか怖い、よくないものだ」という幽霊がいるんじゃないだろうか。
幽霊相手には、どんなに武器を振るっても倒すことはできない。幽霊などいない、と信じることでしか消すことはできない。


posted by あずみ at 12:37| Comment(4) | TrackBack(0) | ニュース等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
高校の友人からは結婚してからかなり長い間、旧姓の年賀状が来ていました。
彼女のためにもこの法案を応援したいのですが、反対している人は「えりゃ〜進歩的な嫁さんだて。きっついのう。」という感情論なのかと漠然と思っていました。
「家」という立場にたてば、この少子化の時代には別姓の方が多様な姓が残ることになり、家名が大切な方には養子より実際的かもしれません。

別姓論とは関係ないのですが、よく夫婦げんかを繰り広げていた元同僚からこんな年賀状が来ました。
差出人に本人とお子さん、同居しているお母さんの名前はあるのですが、ご主人の名前だけが無い!
さては、激しいバトル中に年賀状を作ったな・・とニヤリ。
しかし、やはりある年齢以上の方は「すわ」とびっくりされるようです。
別姓と同じく、年代によって受け止め方が違うのかも。
しかし、年賀状っていろいろ語るのねえ。
Posted by ぽよまま at 2007年01月31日 17:27
>ぽよままさん
実は、私も、夫婦別姓反対の人は、反対派議員の意見として出てくるような「別姓だと家族の絆が崩れる」とかそんな意見があるのかと思っていたのです。それで、むしろこの結果を見て、ちょっと驚いたんです。
別姓反対かつ通称賛成の人は、仕事上などでの問題は解決するべきだけど、絆は崩れるから戸籍は同姓で、という考えかと思ったんですよね。
よくわかりません。

「家」に関しては、身近なところで見聞きする限り、姓を残す云々のことよりも、墓や祭祀、財産の管理を誰がするか、という問題があるようです。
そういう考えでいくと、少子化の現在では、やがて一組の夫婦が2つや3つや4つ、世代が下がればもっと多くの仏壇を家に置いて、墓の管理や法事をやらねばならなくなるんでしょうね。やれやれ。

年賀状の話は、なかなか面白いといって失礼ですが、興味深いですねー。
私は、仕事をしている時は、親族・友人宛の夫婦連名の賀状と、職場の上司・同僚宛の個人名の賀状と、別々に作りました。
年賀状だけでしか繋がりがなくなった人も多いので、そういう人の年賀状は、特にいろいろ気になって見ちゃいませんか。ある程度背景を知っている人だと「あー、そういうことね」と思うけど、年賀状だけの人だと「えっ、どうしちゃったの?」というのはあるかもしれませんね。
Posted by あずみ at 2007年02月01日 11:03
お邪魔します。

 夫婦は「別姓」として子供の姓はどうな
るのでしょう。中国や韓国は伝統的に「別
姓」ですが(毛沢東の妻は江青、蒋介石
の妻は宋美齢)、それは「貢献したところ
で所詮はよそ者」という事で、現に韓国で
は「離婚し女性が子供を引き取っても子供
の姓は元夫のそれ」という問題が起きて
いると聞いた事があります。

 近代以前大部分(庶民)の日本人には
姓が無く、皇室には今も姓がありません。
「別姓」云々の前に「日本人にとっての姓」
について考察すべきではないでしょうか。
イスラム圏では「本人の名・父の名」で、
あのウサマ・ビンラディンの「ビンラディン」
とは「ラディンの息子」の意味で、ラディン
というのは本人の祖父だそうですから、
いっそ日本は「本人の名・父の名・母の
名」にでもしますか。
Posted by ブロガー(志望) at 2007年02月10日 23:21
>ブロガー(志望)さん
夫婦別姓とした場合のは子どもの姓については、法案に含めて議論があるようです。
大きく分けると、両親のどちらかの姓を親が決めるか、大人になってから本人の選択を認めるか(この場合幼少時には父・母の両姓を並べて使うか、便宜上片方を使う)。また、兄弟同士の姓が異なってもいいか、などがあげられています。
後半でおっしゃっているような2つのファーストネームの並列も、考えている方はいるようです。

どれがいいのかは、正直わかりません。夫婦別姓に賛成の場合、「姓が異なることは家族間の絆には悪影響をもたない」という立場とほぼ同等ですから、親と子の姓が違っても問題ない、ということになります。
もし親子の姓が異なることでもう一方の親の家から他人扱いされるのでは、という考えであれば、その人は夫婦別姓にも反対の立場をとる可能性が高いのではないかと思います。

私自身は、夫婦別姓問題は家庭の問題ではなく個人(夫と妻だけ)の問題だと考えているので、子どもの姓は両親のどちらかの姓とし、すべての子は同じ姓をもつ、という方法を支持します。
夫婦の関係は離別などで変化する可能性があるが、親子の関係と兄弟の関係は原則として生涯変化しないと考えているからです。

離婚などの場合は、現状でも、離婚後旧姓をとるか配偶者の姓をとるか選択が可能ですし、子の姓もそれにあわせて戸籍ごと変更する場合と婚姻時の姓をそのまま使う場合があります。
そういう意味では、日本では姓の運用はそれなりに柔軟なのかもしれません。

昔、日本の庶民に姓がなかったころは、日本では「権兵衛の息子の庄助」という言い方とともに、「庄屋さんの隣の十兵衛」と場所でいう言い方のがけっこう多かったんじゃないですかね。海外で言えばレオナルド・ダ・ヴィンチ方式ですか。
また、村に少ない職業の人なら、「なんでも屋の杉作」のような職業名をつけて呼ばれたでしょう。これはディ・メディチ方式。
それはともかくとして、日本における姓は、ひとつひとつの「家」「家系」を明確にして管理するために作られた側面があるため、なかなかそこから抜け出せない面はあるのかもしれない、ということに気がつきました。天皇家に姓がないのは、姓がなくても皇室の血筋というものがはっきりと管理されているからなんですね。
別の面からの視点を提供してくださり、ありがとうございました。
Posted by あずみ at 2007年02月12日 07:55
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