2007年02月26日

赤ちゃんポストを利用するのは誰なのか

熊本の病院が設置を検討していた「赤ちゃんポスト」について、厚生労働省が法的な問題はないと判断した、というニュースが報道された。これによって、病院は実際の設置へ向けて動き出すものと思われる。

asahi.comより
熊本の病院が「赤ちゃん引き取りポスト」 賛否両論
赤ちゃんポスト、厚労省が「適法」 熊本の病院申請分

赤ちゃんポスト(以下「ポスト」)設置については、賛否両論あるもよう。それは当然であろう。
ここでは設置の是非については考えず、ポストを利用するのは誰なのだろうか、ということについて考えてみる。

ポスト反対派の代償的な意見として、「ポストの設置によって育児放棄が増える」というものがある。
これについては、私はいささか疑問がある。
ポストは、その設置の目的上、基本的に以下のような状況で利用されるものである。

  1.出産の事実を隠匿したい
  2.子との関係性を完全に絶ちたい

ポストを利用するのは、いわゆる捨て子に該当する。生まれたばかりの新生児を対象としており、実際、生まれてから何ヶ月か経過した大きな赤ん坊には利用できないだろうし、その理由もない。
産んで育て始めたあとに、育児に疲れた、なんらかの事情(経済的理由、婚姻解消など)で困窮した、というような状況であれば、ポストを利用するようなものではなく、役所や保健所、児童相談所に相談すればいい話である。
仮にそこに思い至らないとしても、捨て子という発想にはならないだろう。既にその親が赤ん坊を育てている、ということがいろいろな方面に分かってしまっている。近所との交流がない場合でも、出生届を受け付けた役所は当然その人が親になったことを知っているわけだ。
いずれにしろ、既に何ヶ月か育てたあとの子どもを捨てるのは、心理的にも状況的にも困難である。たまに報道で耳にする捨て子も、ほとんどが生まれてまもない新生児だ。
こういった事情から、育児の中断という意味での育児放棄は、ポストの存在による増加への影響はほとんど受けないと考えられる。

次に、新生児の遺棄について考えてみる。
新生児の時点で捨てたいと思うケースは、まだ育児を本格的に開始する前の段階であることから、育児疲れなどの理由は非常に少なく、最初から子どもをもつことを拒否あるいは否定する状況にある場合と考えられる。子を産んだという事実そのものを否定したいという場合である。
こういったケースの大部分は、日本の場合、妊娠中絶を選択するものと思われる。中絶のほうが10ヶ月近く妊娠を継続し出産という大仕事をするのに比べて総合的な身体的・時間的負担は少ないし、経済的負担も少ない。中絶への障壁は低い。
中絶を選ばないケースは、かなり特殊な場合ということになろう。当初は出産育児に意欲的だったが中絶可能期間を過ぎてから状況が大きく変化した場合や、中絶可能期間を過ぎるまで妊娠に気がつかなかった場合、宗教的理由により中絶しない場合など。そのうち、産んでみたら自分で育てる意欲が出てきた、あるいは周囲(親族、施設などを含む)が育てるという選択をしないケースはさらに少なくなる。
もともと、日本においては、捨て子は極めて限定的で特殊なケースなのだ。ポストが設置されたからといって、うなぎ登りに捨て子の数が増えるとは考えにくい。
末尾にあげた参考文献によると、ドイツでは、2000年初頭に初めて設置された「捨て子ボックス」の利用は、2002年8月までに5件(設置数は当時約30件)。オーストリアでは「捨て子ボックス」が合法化されているにもかかわらず、利用は0件(ただし設置数は8件)とのことである。

オーストリアのケースで興味深いのは、「捨て子ボックス」の設置とは別に、匿名出産すなわち親が誰かを隠匿して子を病院などへ渡す出産が認められ行われていた、それゆえ「捨て子ボックス」の利用がないのだろう、ということだ。
捨て子の本質は、親が育児から逃れることではなく、出産という事実から逃れることである。さまざまな事情で、出産自体をなかったことにせねばならない事態が、捨て子という苦渋の選択をさせる。
これが、上記箇条書きで挙げた項目1.なのである。

項目2.については、1.と重なる部分もある。
しかし、別項目としたのは、親側からの関係断絶だけでなく、子側からの関係断絶を親が求めて子を捨てる、というケースがありうると考えたからだ。
例えば、仮に以下のようなケースを想定する。
不法滞在の外国人が妊娠、出産した。父親は分からない、あるいは頼れない。自分で育てることも仕事上や経済的理由から困難。加えて、不法滞在がばれて強制送還となって、子ども連れで本国に返されたら、親子で路頭に迷う。
こんな場合、あえて子を捨てれば、その子は親が不明の捨て子として日本国籍を得ることができる。
この場合は、親が誰であるか分からないことがその子にとっては有効に働く可能性がある。本国での暮らしが極端に貧しく危険なものであるならば、せめて子どもには施設暮らしでもいいから日本で暮らさせたい、と思う者もいるかもしれない。
実のところ、もしポストが設置された場合、増えるとしたこういうケースなのではないかと考える。
今回ポスト設置が申請されたのは地方都市なのだが、もしこれが首都圏などの繁華街の近くだったら、予想以上に利用が増えるのではないだろうか、という気がする。

以上、あくまで、頭の中で考えたことだ。実際に設置されたらどうなるかは、なってみなければ分からない。
とはいえ、少なくとも「ポストを設置したら育児放棄が増える」ということはないような気がする。もし増えるとしても、3件が4件になったとか、誤差としか言えないような、その程度の話でしかないんじゃないだろうか。

【参考文献】
ひとは如何にして子どもを「捨てる」か ――ドイツにおける「捨て子ボックス」の現状報告――
阪本 恭子
雑誌『医療・生命と倫理・社会』オンライン版 Vol.2 No.1 2002年9月20日刊行(大阪大学大学院医学系研究科  医の倫理学教室)
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/eth/OJ2-1/sakamoto.htm

オーストリアにおける捨て子ボックスと匿名出産に関する2001年7月27日の法令
阪本 恭子
雑誌『医療・生命と倫理・社会』オンライン版 Vol.5 No.1/2 2006年3月20日刊行(大阪大学大学院医学系研究科  医の倫理学教室)
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/eth/OJ5/Oesterreich.pdf


posted by あずみ at 00:46| Comment(3) | TrackBack(1) | ニュース等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
キリスト教民主同盟(CDU)の女性連合ハノーバー支部も,どんな理由であれ,自分の子どもを手元に置くことを望まない,または置くことのできない女性は,「薄情な母親」(Rabenmutter)ではなく,他に方法を見いだせない絶望的状況にある女性とみなして,ボックス設置を支持する.そして政治の使命は,そのような母親と子どもを「裁く」ことではなく,「救う」ことだと語る.・・・。

少なくとも、日本の現時点では母親と子供を「救うこと」という議論からではなく、増え続ける虐待問題などについての緊急手当てのような気がするのですが。
それだと、乳児のみの赤ちゃんボックスでは確かに該当者は少ないのかも・・。
日本では匿名出産は認められていないし、そういう点でも法的整備を整えないと、本格的にこの赤ちゃんボックスは働かないでしょうね。
Posted by ぬあっこ at 2007年04月01日 05:22
ごめんなさい。投稿してからもう一度記事を読んだら、この捨て子ボックス、虐待などは設置目的にはいっていないのね。
あくまでも、堕胎件数の低下が目的なのでしょうか?
それならば、匿名出産が合法化されない限りは使用件数は殆ど増えないような気がします。
Posted by ぬあっこ at 2007年04月01日 05:28
>ぬあっこさん
コメントありがとうございます。
元記事リンクがすでに切れてしまっているようなので説明しますと、日本の「赤ちゃんポスト」は熊本の一産婦人科病院が単独で設置を申請しているものです。この設置を認可するかどうか、現在の法に触れないと解釈できるかどうか、で厚生労働省や熊本市が検討している、という話です。

病院側の目的は、あくまで目の前で捨てられていく子の命を救いたい、というもので、現状で行われている嬰児捨て子に対して、生命の危険の少ない窓口を置く、というもので、捨てられる嬰児の立場から申請されているものだと思います。
現行の制度や法律に対する政治的意図はないと思われますし、また、捨てる母親に対しては現行法下では無力であることも承知の上での申請なのではないでしょうか。
Posted by あずみ at 2007年04月01日 09:15
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