2007年06月18日

「親学」提言はなぜ支持あるいは反発されるか

別宅ダイアリーのほうの記事『マクロとミクロと「親学」』へトラックバックをいただいた、rajendraさんのこちらの記事、
まず自分ありきと思っていた
http://d.hatena.ne.jp/rajendra/20070614/p1
を読んで、特に後半、そうそうその通りだなあ、と思いつつも、でもたぶんそこはこういうことなのじゃないか、と思うところもあり、ちょうど取り上げたいニュースでもあったので、こちらで返答を兼ねて記事を書かせていただくこととする。



もともと、別宅の記事を書いたきっかけは、既にやや旧聞に類するも、こちらのニュースを見たからであった。
親学:政府提言に賛否が拮抗 毎日新聞世論調査−教育:MSN毎日インタラクティブ
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/news/20070602k0000m010042000c.html
に向けた子育ての指針(親学(おやがく))を政府が提言することについて尋ねたところ、賛成47%、反対44%で賛否が拮抗(きっこう)した。

 親学提言への評価を年代別に見ると、20代は賛成が68%で反対の28%を大きく上回った。30代、60代、70代以上も賛成が反対より多かった。逆に40代、50代はいずれも賛成が約4割で反対が約5割。これから子育てが本格化する世代と子育てを終えた世代で賛成が多く、思春期の子供を抱える世代で抵抗感が強い傾向が出た。

毎日新聞が独自に行った全国世論調査の結果である。もう少し具体的な数字が出ていた記事もあったと記憶するが、内容的にはこれ以上の情報ではなかった。

このニュースを見て、私はちょっと意外な結果だと感じた。
「親学」提言に対する感触が、ネット上でみられた大きな反発に限らず、マスコミの報道でも大部分が批判的なニュアンスをどこかに含んでいて、特に「政府が『育児はこうあるべき』という指針を押しつける」ことに対する反感・批判が相当大きい、そしてそういった「押しつけ」を嫌がるのは今現実に子育てに従事している人なのだろう、となんとなく思っていたからだ。
しかし、この結果は私の予測とはやや異なった。現在子育てに従事している20代、30代での反対はむしろ少なく、子育ての重点的な部分(特に「親学」で取り上げられるような乳児〜中学生の時期)はほとんど終わったであろう40代、50代での反対が多かったのである。
60代以上での賛成が多いのは、ほぼ予測どおりである。この世代の感じているのは「今の若い者の子育てはてんでなっとらん」であろうから。もっとも、彼らは子育て以外のことについても大抵「今の若い者はなっとらん」と思いがちでもあるから、これはある意味仕方がない。現在の高齢者のせいではない、高齢者はいつの時代でもそう思いがちなものである。

この結果から私が想像したのは、こういうことだ。
まず、20代について。
晩婚・高齢出産化している現在の日本の社会では、20代で既に子育てをしている人は決して多くない。これから子育てをする、あるいは自分は子どもはもたないと思っている人がかなりの割合いる。
これから子育てをしようと思う人にとっては、「親学」提言はひとつの参考になる。正直に言えば、既に子育てをしている自分からみると、あの「親学」提言はそれほど無茶苦茶なことを言っているわけではなく、実際に産院で指導されたりもしていることで、普通に育児書に載っていてもおかしくないような内容であった。政府の出した「親学」提言であるからマイナスのバイアスがかかっただけであって、(身体的に可能でかつ周囲の環境が許すなら)母乳で育てましょう、(上の子の面倒をみなくてすむような状況なら)テレビを消して赤ん坊の目を見ながら授乳しましょう、というのは基本ラインとしては間違ってはいない。現実には括弧内のような条件があるので、実現することは難しいわけだが、指針として方向性が間違っているというわけではない。
そこで20代の、まだ子育てしていない、かつ将来子育てしようと思っている人について言えば、そういった育児書的な何かは、あってくれればありがたいものである。昔は「スポック博士の育児書」という定番の書があり、猫も杓子もスポック博士だった。しかしその後さまざまな育児に関する知見が出てきて、これも決して正しくはない、ということになっている。その他、育児書というものも多数あるが、どれが正しく、どれか誤っている、という基準はない。さらに、ネットなども含めると、新しいけれど混沌とした育児情報が処理しきれないほど存在している。結果、どの育児書を読めばいいのか、なにを参考にすればいいのか、判断する手がかりを手に入れることすら困難、ということになってしまっている。実はその判断が可能なのは、既に育児を経験した者だけであるから。
そのような状況の中で、ある程度厳選された項目をわかりやすく、しかも信頼のおける者(怪しいトンデモ理論は出さないだろう、という意味で)提示してくれるものがあれば、これから子育てをしようとする人にとっては恩恵でもあるのだろう。分厚い育児書を隅から隅まで読むのは困難な人も意外と多数いるはずだし。以前はそういう人は自分の親なりなんなり、一世代上の者にいろいろと訊きながら子育てしていたのだが、今は、その「一世代上の者」自身がスポック博士世代(育児書至上世代)なので、あまり頼れないのが実情である。
さて、20代のもう一方、これから子育てするつもりのない人。この人たちは、立場的には60代以上と近いだろう。自分たちは関係ない、子育てする人はちゃんと私たちに迷惑かけないように、きちんと子育てしてよね! あるいは、子育てする以上、ちゃんと最後まで育てきる、面倒を見きる覚悟できっちりやってよ、自分はそんな覚悟できないから最初っからしないんだけどね! そんな感じで「親学」提言を支持するのではないだろうか。
結果、20代での「親学」提言支持率が特に高くなっているのだろう、と思う。

30代になると、実際に子育てしている人が増えてくるが、まだ子どもらは小さい。
20代同様、「親学」提言を参考にしたい、という人と、実際には提言どおりになんてできないんだから! 政府わかってない! と反発する人が現れてくる。
この「提言どおりになんて現実にはできないよ」という現実派の思いはよく理解できる。というより、私の立場はこれに近い。そして、実際、できないものはできない。できないものは結果としてやらない。現実の育児では、ただそれだけである。
しかし、では、やれるのにやらないのは悪いことなのだろうか。問題になった「親学」提言に沿って言えば、自分のプロポーションを維持するために人工乳で育てることや、都市部に住んでいて金銭的・時間的にも余裕があるのに演劇舞台を見せに連れて行かないことなど。こういったことが、そんな悪いことだとは思えない。あくまで本人の裁量の範囲であって、こんなことをしなくても存分に愛情を注いで育てていれば、親にとっても子にとっても些細なことである。
ところが、こういったことが、政府の提言として出された途端に、別の意味を持つ。実は政府は何も押しつけてはいない。しかし、政府の提言という後ろ楯を得た別の者が、こういった些細なことに圧力をかけ、「お前は政府の提言すら守ろうとしない悪い親だ」と非難する力をもつのだ。こういった圧力は表立っては行われない、大抵は身内やごく親しい間の話だ。「悪い親だ」という言い方すらされない場合も多い。「政府もこう言ってるんだから、こうやったほうがいいんじゃない?」と圧力をかけてくる。あげくに、提言どおりにしていないことを「子どもへの愛情が足りない」と勘違いし非難する輩すら出てきかねない。現に、プロポーションを維持するために人工乳育児している母親への視線は、そういうものとしてある。
私は、そのことが怖いのだ。政府が何を言っても私は怖くはない。所詮はマクロな、概観的な話にすぎない。しかし、マクロはミクロに投影される。
だけども、そんなふうに深刻に受け止める人、あの提言を実践しないといけませんよと解釈しちゃう人だったら、それは圧迫感を感じるかもしれませんね。他人の意見に左右されることの少ない両親のもとで育ったせいか、僕はあの提言を真面目に受け止める人のことに想像が及びませんでした。最初からマクロな話と思い込んでいたし。
http://d.hatena.ne.jp/rajendra/20070614/p1

子育てする本人は深刻に受け止めなくても、それ以外の人間が深刻に受け止める可能性は十分にある。むしろ、自分自身のことでないために余計に深刻に受け止め、強く非難するかもしれない。「今の若い者は……」理論である。
子育てについて政府がなんらかの具体的な指針・見解を示すこと自体に危険性があると、実際に子育てをして、周囲の圧力環境についてよく知っている者は、気がついている。逆に言えば、その環境にない者には非常に気づきにくい点でもある。
「親学」提言に対する強い反発は、だからこそではないだろうか。

そこで、40代・50代。
この世代は、子育てをしていても既に「親学」提言に該当しない、つまり事実上子育てを終わった人々が大半であろう。
彼らは子育ての全体を知っている。既に結果も出ている。中には、自分はうまく子育てできなかった、子育てに失敗した、と感じている人もいることだろう。
加えて、この世代は、例の「親学」提言に出されたことを実行できていない場合がかなりあるはずだ。母乳は時代遅れと、人工乳がもてはやされた時期でもあった*1。子ども向けの舞台演劇など、普通の生活をしていて見られるようなものでもなかった。そのかわりに学校で演劇や演奏会を見る会があったりしたものだ。
そういった場合に、今回の「親学」提言はどのようにうつるだろうか。「お前たちのしてきたことは間違っていたんだ、足りなかったんだ」、そう言われたように見えないだろうか。
彼らは、身を持って知っているのである。今回の提言ですら、正しくはないかもしれない。
そんなものを政府が堂々と出して、それに従って子育てをしても、結局あとから「それは間違っていたよ」と言われるかもしれないのだ、その時にはもう子育てをやり直すことなんてできないのだ、と。

私は、例の「親学」提言の中身については、自分自身は、はいはいなーに言ってんだか、と話半分に聞くだけである。一理あるな、と思う部分もある。賛同できない部分もある。
しかし、政府が「親学」提言なるものを出すという行為自体に対しては、反対だ。そこに国が口を出してはいけないのじゃないか、と思っている。もし出すのなら「子どもを大切にしましょう」「子どもの権利を尊重しましょう」くらいしか言えないと思う。それですら「でも私は子どもをかわいく思えない」と苦悩する人も出てくるだろう。それはそれでいいのだ、かわいくなくても大切にはしなくてはならない。政府は、最低限親として求められることだけ述べればいいし、それ以上言ってはいけない。
それ以上は、政府ではなく、独立行政法人かどこかでやってもらいたい。むしろ、どんどんやってほしい。20代の賛成率の高さに応えてくれるといいなと思う。手さぐりで子育てして、実際に困っている人、どうしたらいいのか迷っている人に、具体的な方法も抽象的な考え方も広めてもらえると嬉しい。母乳や離乳食の時期から、反抗期の時期や対応、子どもの発達や心理に関するさまざまな情報。そういったことこそ、本当に知りたい、ほしいことなのだ。子どもを母乳で育てましょう、と言うくらいなら、母乳育児のメリットやデメリットについて伝えるべきなのだ。



*1:参考資料:厚生白書(昭和51年版)より
http://wwwhakusyo.mhlw.go.jp/wpdocs/hpaz197601/b0025.html

posted by あずみ at 13:00| Comment(6) | TrackBack(3) | ニュース等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
取り急ぎ「面白い!」とだけ言いたくてコメントです。特に40-50代部分と20代部分。
育児での提言は確かにもう少し深い知見を出してもらえると有難いですね。企業サイドでなく、エモーショナルでなく、個人的見解でない知見。出産数ヶ月前まで胎児の旋回なんぞ知らなかった自分はそう思います。
Posted by ふたば at 2007年06月18日 14:13
>ふたばさん
コメントをありがとうございます。
20代の賛成多数を見て、あらためて育児をする前の、育児に対する不安や迷いの大きさを見たような気がしました。そういえば自分もそうだったんですよね。子どもをもつまで、子育ての何たるかなんて、考えもしませんでした。
こういうのは、少子化とも関係しているんじゃないかなぁと感じます。不安のあまり子育てに自信がなくなり、結局出産をためらってしまう、というような。
Posted by あずみ at 2007年06月18日 16:37
いつも別宅wの方を拝見しています。
僕はこれから子供がうまれるところですが、
なんだかなあ、といつも思うようなことばかりですね。
コメント含めてトラックバックさせてもらいました。
Posted by リョウ@西区 男の子育て日記 at 2007年06月19日 00:48
>リョウ@西区 男の子育て日記さん
コメントをありがとうございます。また、いつもお読みいただきありがとうございます。
この調査結果の肝は、賛成反対が拮抗している、ということなのだと思います。賛成者も反対者も十分多数ではなく、どちらも50%前後にしかならない。それだけ立場により、あるいは個々により意識が異なる問題だということです。
簡単に白黒つけられない問題に不用意に踏み込むとこういうことになるよ、というのが今回の騒動だったのでしょう。
Posted by あずみ at 2007年06月19日 07:03
わたしは、その親学の講座を学んだひとりです。ひとことコメントさせていただくとするならば、そこでは親学の教科書にとどまらず、もっと発展的でとても大切なことも教えていただけます。自分の子育ての足りないところなど。等を、いろいろなお話を聴かせていただく中で、自分なりにたくさんきずかせていただきました。こちらで、まだまだ学び途中の私にはうまく説明しきれませんが、親学を実際に講座をお受けになられると、また違うお考えが生まれることもあるとおもいます。機会があえば、講演会など行っていただけたならと、おもいます。こちらへは、たまたまのとうりがかりですが、実際に見聞きした私からのいちコメントとしてカキコさせていただきました。
Posted by emiiy at 2007年09月02日 23:51
>emiiyさん
コメントをありがとうございます。
はてなダイアリーの記事にもコメントいただいでおりましたが、こちらの記事を読んでいただけばご理解いただけるように、私は決して「親学」的なものすべてに否定的なわけではありません。実際に子育てしていて、何か悩みにぶつかるとき、大きな手助けになることもあるでしょう。
個人的には、限りある自分の時間をどこに振り分けるか、という観点からすると、自分が参加する機会はなさそうですが(地方在住などの事情もあり)、上記のような方が「親学」的なものと幸福な出会いができるなら、それにすばらしいことだと思います。どうもありがとうございました。
ところで、なぜこれが「親学」であって「育児学」ではないのでしょうね? 瑣末のことながら、自分はここが一番気になっています。
Posted by あずみ at 2007年09月03日 07:52
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