2006年10月17日

代理出産はエゴイズムの固まりだ……反対の立場より(その1)

ここのところ、代理出産に関するニュースをよく聞く。
さっと挙げてみると、このあたり。

50代母、30代娘の卵子で「孫」を代理出産…国内初 : 科学 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

代理出産の50代、「娘のため」危険承知 : ニュース : 医療と介護 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)


向井さん夫妻の双子代理出産、出生届認める…東京高裁 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

代理出産で品川区が許可抗告、「頑張る」と向井さん

こういった報道を見ていると、正直、なんとも言えない嫌な気分になる。
抵抗感や違和感といった言葉では足りない、嫌悪感である。
こんなことを言うからには当然、私は代理出産反対の立場である。早急に法的に代理出産を禁止してほしいと思っている。

代理出産にシステム的倫理的に問題が多いことは、既に各所で指摘されている。
その点については、最近に読んだこのブログ記事が大変よく考えられてまとまっており、ここで新たに述べるべきこともないので、下記にリンクを置く。

blog「備忘録です。あしからず」より 代理母の問題点
http://agnos.blog16.fc2.com/blog-entry-13.html

さて、私が代理出産に対して感じる嫌悪感、気持ち悪さは、そういった問題が多々あるにもかかわらず、自分の血をひく子どもを得る(持つとはあえて言わない)ことにこだわるエゴイズムの強さに対して感じるものだと思う。
このエゴイズムの現れは、以下の2つに集約できる。

1)自分の子を得るために他人の健康を害することを厭わない。
2)得たいのは自分の血をひく子であり、養子であってはならない。

まず、1)について。

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ラベル:代理出産
posted by あずみ at 11:23| Comment(9) | TrackBack(0) | ニュース等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月12日

観光地のトイレがしばしば流されていない理由

今日の話は「下」の話なので、食事中や食後の方の一部はお控えいただいた方がいいかもしれない。

子どもをもってみて「ああ、そうだったのか」と気がつくことが時にある。
これもそういう気づきの一つ。

昔、観光地や高速道路などの公衆トイレで、しばしば、使用後に流されていないトイレを見かけなかっただろうか。
男性はあまり記憶にないかもしれない。女性は基本的に個室を使用するから、一度も目にしなかった、という人はたぶん少なかろう。
店などで個室が1つしかないトイレではまず見かけないのだが、複数のトイレ、特に多数のトイレが並んでいる大きな公衆トイレでは、わりと見かけた気がする。
子どもだった私もそうだが、大抵の人はそういうトイレは気持ち悪いので近づかないらしく、多数の人が出入りしていても、普通のトイレに入っていく。流されていないトイレを自分で流して使う人はめったにいず、いつまでも流されないままに放置されていたりする。

しばらくして、やや大きくなった私は、そういうトイレを放置しておくのも気持ち悪いので、とりあえず見つけたら流してみるようにした(でも自分では使わないけれど)。
すると、意外と流れるのである。
それまで、そういったトイレは壊れていて流れないのかな、と漠然と思っていたので、「なんで壊れてないのに流さずに出ていくの?」という新たな疑問が湧いた。
大のほうなら、流してみたけど完全に流れなかった、なんてこともあるが、小のほうで、紙まで残してあったりするのも多いから、流してもみなかった、と考えるほかない。

私は疑問だった。
こういう人は、自分の家のトイレも流さずにいるんだろうか。そんなはずはない、自分の家では普通に流しているはず。なぜ公衆トイレではわざと流さないのか。
たとえ観光バスなどで急いでいても、流すのは一瞬だし、そもそも自分の屎尿や下を拭いた紙を他人に見られるのは恥ずかしいではないか。なんとか流してから去りたい、というのが自然な感覚じゃないんだろうか。少なくとも自分はそう感じる。
では、なぜ流されないトイレが存在するのか。

この長年の謎が、最近になって解けた。

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ラベル:育児 トイレ
posted by あずみ at 11:42| Comment(4) | TrackBack(0) | 育児 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月07日

また引っ越してここに来ました

この記事をもちまして、このブログに引っ越して参りました。

以前「ふたつとない日常 〜Azumy's Standard Daytime」というブログを書いていて、事情によりそこを閉めてしばらく休み、8月からふたたびはてなダイアリーにて「ふたつとない日常::Diary」というブログを書かせていただいておりました。
そのあたりの経緯はこちらの記事に書いてある通りです。
しかし、しばらくはてなダイアリーで記事を書いていたところ、とある事情ができ、はてなダイアリーで続けることができなくなりました。
このため、本日より、こちらに再度引っ越して再出発させていただくこととしました。

とある事情といっても、大したことではなく、はてなダイアリーではJavaScriptが使えない、という、ただそれだけのことです。
これまでは特に食指を動かされるブログツールもなく、自分にはJavaScriptは必要ないわ、と思っていたのですが、先日発表されたツールが自分にとっては非常に魅力的で、使わずにいられなかったというのが正直なところです。
それは、ここの右に張り付けてありますので、一目瞭然だとは思いますが。
そこで、はてなダイアリーの記事数がまだ少ないうちに、と、思い切って引っ越しとあいなりました。

たびたびのことで読んでくださっている方(そう数はいないと思いますが)にはご迷惑をおかけいたしますが、なにとぞよろしくお願いいたします。

なお、この記事より前の日付の記事は、はてなダイアリーに掲載したものをそのままインポートしております。一部リンク切れなどがあるかもしれませんが、なにとぞご了承ください。そのうちぼちぼちと直していこうと思います。
posted by あずみ at 21:41| Comment(2) | TrackBack(0) | よもやま | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

子連れカフェがあったらいいのに

子育てな毎日を送っていて、時々、こういうのがあったらいいなぁ、と思うものがある。
それは子連れカフェ。

私はコーヒー好き、俗に言うカフェイン中毒で、普段はインスタントコーヒーがぶ飲みで問題なしなんだが、たまに喫茶店のコーヒーが飲みたくなる。家でもレギュラーコーヒーは飲めるが、落ち着いて飲む雰囲気ではない。
やはり喫茶店は家とは違う。コーヒー1杯を頼んで、ちょっと本や新聞でも眺めながら、20??30分くらい何をするでもなくのんびりする。そういうことをたまにしたくなる。

コーヒー1杯なんてランチに比べればそう高いものでもなし、専業主婦で家にいるならたまには行けばいいじゃない?と思われそうだが、そうもいかない。なぜなら、子どもがいるから。
もちろん子連れで喫茶店に行くこと自体はできる。しかし、子どもがいたら、のんびりなんてできない。子どもが水や飲み物をひっくり返さないか、店のものにいたずらしないか、常にはらはらしながら気を配る。
それに子どもは飽きっぽい。じっとしてなどいられない。自分がひとしきりジュースを飲んで満足したら、すぐに席を離れて動きたがる。結局、本の10ページも読むことができず、退散するしかなくなる。息抜きどころではない、こんなに気を遣わねばならぬものなら家でインスタントコーヒー飲んでいたほうがマシってものである。
かといって、子どもに「おとなしくしていて!」と言うのも憚られる。特別な用事ではなくて、自分の都合で息抜きに来ているので、子どもに大人の我が儘を押しつけるのも……という気分になる。それ以前に、「おとなしくしていて!」と言うこと自体、精神的なエネルギーが必要なのだ。そのエネルギーを補給しに来ているのに、消費してしまってはね。

室内で、子どもが多少親から離れて遊んでいても比較的安心で見ていられるのは、スーパーなどによくある子どもの遊び場や、児童館だ。
こういったところで子どもが少し親から離れて、だが目の届く範囲で機嫌よく遊んでいてくれると、親はホッと一息つける。
そんな時に、ちょっとこのすきにコーヒーでも飲みたいな、と思ったりするが、基本的にこういう場所は飲食禁止なのである。
結局、遊んでいる子どもをぼーっと眺めながら、何をするでもなく、無為な時間を過ごす。こんな時はむしろ逆に、時間をつぶすのを苦痛に感じたりする。子どもが他に気を取られているこの時間に、あれもできる、これもできるのに……と思ってしまう。

そこで、思う。
子連れで来て、ちょっとの間子どもを席から離して遊べるような喫茶店あるいはカフェなんてあったらいいなぁ、と。
だいたいそういうところへ来る子どもは就学前、就園前の小さな子だから、遊び場は、スーパーの子どもの遊び場程度の広さ、せいぜい6畳程度あればいい。そこにちょっとウレタン積み木やブロックといったおもちゃやちょっとした絵本などを置く。
そのまわりに、テーブルと椅子を置き、メニューはコーヒーや紅茶、ジュース程度でいいので、カップとソーサーやガラスのコップで飲めるようにする。椅子がコメダのようなソファだったりするとなおよい。
子どもはつまらなければ遊び場で遊べる。親は、それをまわりで眺めながら、ちょっとお茶をする。
そんなカフェがあればいいのに。

どこかにそんな店は現存しないのだろうか。
自分の知る範囲では、子どもの遊び場つきのマクドナルドがそれに最も近い。しかし、あれは室外なので天候や季節によっては厳しいし(←これが重要なのだ)、飲み物も紙コップやスチロールコップで、100円コーヒー。コーヒーの香りもたいしてしない。自分でコーヒーを水筒に入れて公園にでも行くのとたいして変わらない。それでは、ささやかな贅沢をしてリフレッシュする、という目的には合わない。

老後にでもそんな喫茶店を経営してみたいなあ。まあ戯れ言だが。
ラベル:育児
posted by あずみ at 11:43| Comment(6) | TrackBack(0) | 育児 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月05日

漢字バトン

3x exceptional ver. 2のcalmbrookさんから「漢字バトン」をいただきました。
ちなみにcalmbrookさんは、私の古い友人ですが、友人と呼ばせていただくには恐れ多いくらいのものすごい方です。などと書くと、どこがどうものすごいか、と思われるでしょうが、この人に多少なりとも似ている人は生まれてこのかた他に見たことがない、唯一無二の存在、というくらいの方です。
褒め言葉になってますか? もちろん褒め言葉のつもりです。

☆ 前の人が回してくれた漢字に対して自分が持つイメージ


1. 松
  イメージといっても……まあ、植物の松ですね。松というと、ふすまに描いてあるようなモコモコした形の模様を思い出します。

2. 竹
  やはり植物の竹しか思い浮かばないです(笑) 竹といえば、エジソンの発明した電球のフィラメント。

3. 梅
  すっぱい。そのまんまだな。

☆ 次の人に回す漢字を3つ
ええーと、これについては後述するような事情で、割愛させていただきます。

☆ 大切にしたい言葉を3つ
・言葉
「言葉」という言葉という意味ですね。ものを考えるにも他人とコミュニケーションをとるにも、言葉は重要。言葉があるからこそ今の人間がある、ともいえます。
・平凡
若いときは平凡なんて忌むべきことだと思っていたけれど、やはり歳をとってみると、これこそが大切で愛すべきものだと感じます。
・満足
私は言霊信仰の人なので、この言葉を口にするだけで幸せになれます。大したことじゃなくても、「今日はやりたいと思っていたことができたから満足」「おいしいもの食べられたから満足!」なんて使い方。

☆ 漢字のことをどう思う?
So cool!
日本語は漢字とかなの両方があるからこそ、他に類を見ない面白い言語になってると思います。

☆ 好きな四字熟語を3つ
一石二鳥
一挙両得
画竜点睛(を欠く)

☆ 次に回す人は、次の3名の方
回したいのはやまやまなのですが、私の場合、バトンを回せるくらいの知人で、表でブログをある程度の頻度で書いている方がほとんどいなくて。みんなmixiに潜行しちゃってるんですよね。
せいぜい旦那くらいなのですが、旦那に回しても面白くもなんともないので、申し訳ありませんが、こちら方面は私のところで止めさせていただきます。
posted by あずみ at 11:50| Comment(4) | TrackBack(0) | よもやま | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月01日

小学校の英語必修化は結局できないような

asahi.com: 小学校の英語「必修化の必要ない」 伊吹文科相 - 教育

もう、ちょっと前の話になってしまったが、新文部科学相は小学校での英語必修化に否定的である、という話。
私自身は、小学校での英語必修化は反対の立場。
ただ、それは、
美しい日本語ができないのに、外国の言葉をやったってダメ

(上記ニュースより引用)

という理由ではない。
幼いころに英語を学ぶこと自体は別に悪くない。日本語以外の言語・国があるということに親しむとか、外国語の発音に耳を慣らすとか、確かにメリットもあると思う。
問題は「必修化」というところだ。

事実上、現在の小学校で時間を割いてできる英語の授業は、そのコマ数や教師・講師を考えると、街の就学前の幼児向け英会話教室のレベルを越えるものではありえない。
せいぜい、アルファベットの1つずつの読み方を教え、あとは簡単な英語の歌を歌ったり、「りんごはapple」「おはようはGood morning」程度の単語を覚えたり、"How are you?""I'm fine,thank you."程度の英会話をしたり、そんなものであろう。
コマ数がたっぷり余っているのだったら、これでも問題ない。
しかし、現実には、ゆとり教育だの週休2日制だので、ただでさえコマ数がかつかつになっているわけだ。
そんな中で、さらに英語にコマを割く余裕があるのだろうか。
英語にコマを割けば、そのぶん割りを食う教科が必ず出てくる。現状で、この教科は余ってるから削ってもいいですよ、などという教科があるのか。

主要4教科は、今の時間数でも十分についていけていない子どもらが多数いるのがわかっているから、削れないだろう。
あとは、その他の、図工、体育、音楽、家庭科など、総合的なんとやらというのもあったかな? そのあたりを削ることになるのだろうか。もともとそうコマ数が多くないところからさらに削ると、週に1度も授業がない教科がでてきそうだ。まともに削れそうなのは体育くらいだが、それはそれで猛反対にあいそうだし。

もし英語を必修化するなら、少なくとも、コマ数を週休2日制になる前と同等くらいに戻さなければならないと思う。
かといって、土曜午前の授業を復活させろとは思わない。自分の子どものころから、なんで土曜は休みじゃないんだろう? と思っていた。お父さんは休みなのに、自分らは休みじゃないから、気軽に家族で遠くまで遊びにいくこともできなかった。そもそも午前だけ、というのが中途半端でいやだった。
あの時代よりもさらに官公庁などを含め土曜休日が一般的になった*1現在では、いまさら土曜に授業……という感がある。
コマを戻すなら平日を1日7時間とするほうがスムーズかな、と個人的には考える。ここは異論も多数あるだろうが。

とりあえず、現状のまま英語必修化はさまざまな面で無理があると思う。
美しい日本語云々、という意見はあまりに曖昧で意味がないと思うが、この流れで英語必修化が見直されるなら、それはそれで個人的には歓迎するだろう。

*1:同時にサービス業などで土日以外休が増えたのももちろん承知しているが。


ラベル:教育 英語必修化
posted by あずみ at 08:48| Comment(4) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月25日

カラオケに行く

今日はニュースと関係ない私的ネタである。

上の娘が5歳、下の娘か2歳9ヶ月となり、かなりカラオケに追随して歌うことができるようになったので、最近になってちょくちょく家族でカラオケに行く。
それでいくつかの会社のものを試してみた、といっても田舎なので現在主流3社くらいしか近場にないが、その3つ、DAM、JOYSOUND、UGAで比べると、小さい子どもを連れて行きやすいなぁと思うのはJOYSOUNDだった。

UGAは10万曲を宣伝しているが、意外と子ども向きの曲は少ない。ポップス系は確かに充実していて、他社では入れていないようなアーティストの曲を入れてくれていたりするが。
DAMも正直寂しい。ぼちぼちとは入れているようだが、JOYSOUNDと比べると見劣りがする。
で、JOYSOUNDのいいところは、おかあさんといっしょやいないいないばぁっ!系がかなり充実しているところだ。ざっと見たところ、昨年10月までに出た「おかあさんといっしょ」のアルバム収録の「今月の歌」を全て収録しているのはJOYSOUNDだけのようだ。まもなく今年度のアルバムが出るが、これもじきに収録されるだろう。しまじろう系もけっこう多い。ようするに、アニメ系(しまじろうはアニメだが)ではない子どもの歌を多くいれてくれている。

さらに、JOYSOUNDでいいところは、歌入りのカラオケをけっこう用意してくれているところだ。
それも子どもの歌で充実している。
小さい子どもは、歌詞が読めないため、耳コピで歌っているのだが、ガイドの歌(メロディの音ではなく歌詞入りの)が入っていると、断然歌いやすく、また自分もしっかり歌っている気分になれるようだ。途中で歌詞を忘れて歌えなくなっても、歌詞を聞いてまた途中から歌いだすこともできる。

というわけで、幼稚園児くらいまでの子どもと一緒なら、JOYSOUNDがおすすめである。
別にエクシングの回し者ではないが。

今日も久々に行ってきたが、ほとんど子どもの歌ばかり歌って帰ってきた。もう少し時間が長ければ大人の歌も歌えるんだが、今度はあんまり長くボックスにこもっていると子どもが飽きるのだ。しばらくはこんな状態が続くんだろうな。
まあ、歌のお姉さん気分を味わえるのも今のうちだけだし。
ラベル:育児 カラオケ
posted by あずみ at 22:34| Comment(2) | TrackBack(0) | 育児 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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